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『この世界の片隅に』ネタバレあり感想-水原哲の「普通でおってくれ」に考えたこと-

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画像出典:Photo by IBolat on Unsplash


劇場公開で観た映画です。

泣ける、と思って見に行ったけど、本編中は泣けず、全て終わって、わーっと涙が出るような映画でした。

何に泣いたのかな?多分、戦争のことに泣いたのではないと思う。
どちらかと言うと、ただ生きていくことに泣いたような気がする。

 


この世界の片隅に

こっからネタバレあり感想

このへんからすでにネタバレになってしまうのですが、幼馴染の子と想い合っていても、他の人と結婚することもあるし、その人がそれなりに大事にしてくれたら、その人を好きになっていくこともある。

まぁ、すずさんの場合は結婚相手も運命の人要素があるのですが、実際は全然運命感ない人であっても、その人が大事にしてくれるんだったら、その人が1番いいこともあるわけで…


そうやって、時間が流れていくこと。自分が変わっていくこと。ある意味ピュアではなくなっていくことが、悲しいと思ってしまった。

 

どんなイヤなことあっても、もっと悲しんでいたくても、生きててよかったとか、そんないろんな言葉とともに時間が流れていくこと。

全然、立ち直ってなくても、ただ毎日が滞ることなく流れていくこと。それは、とても尊くて、ありがたくて、やっぱり今の私には少し悲しい。

まだ、大人として生きるより、子どもの自分を大切にしていたいのかもしれない。今の年齢でも。

 

のんさんについて

やっぱり、すごい人だなぁと思った。あのちょっと裏声っぽいタイプの声がすごくあってると思った。

本当に才能がある人は、何があっても潰されないんだな、と思った。周りの人間が潰そうとしても、世の中が彼女を見つけ出す。そんな感じがした。

だから、もしかしたら、すずさんも左手でもキレイな絵が描けるようになるかも。キレイじゃなくても、素敵な絵が。
私はそう思いたいな。

 

普通に生きること

「すずだけは普通でおってくれ」
幼馴染の水原さんの言葉。普通ってなんだろうって考えてしまった。

見終わった直後は普通に生きるって尊いなぁ、大事だなって思ったんだけど、今は疑問を感じてる。

 

この作品の中では、みんな、ちゃんと普通なんよ。だから泣けんのんよ。泣かそうとしないんよね。BGMとかで盛り上げてくれない。

 

1番普通やな!って思ったのは、原爆が落ちた次の日かな?ボロボロの人が、ボロボロっていうかアニメやからわからんけど、多分皮膚とか溶けた人が呉に来るんよ。

多分みんな気づいてるけど、誰も見ないし、駆け寄って行かないし、全然ドラマティックじゃないんよね。

それがすごくリアル。きっと普通はそうなる。みんな、その人のことに触れへん。多分、その日はまだ放射能のこととかわかってなかったやろうけど、きっと誰も近づかない。

で、そのボロボロの人、呉で住んでる人の子どもやったんやって。広島から歩いて来たんやって。その人のお母さん、見とったけど、気づかんかったんやって。

普通じゃない振舞いしとったら、後悔少なかったかもしれんよね…

 

多分、そんなことを言いたい映画じゃないんかも知らんけど、みんなの普通が戦争に突き進んで行ったんかもしらんよねって思った。

憲兵がすずさんの家に来たときも、家族のみんなは普通なんよね。別に心の底から憲兵の言うこと信じとる人も少なかったんやろうな。でも、普通は逆らわんもんやし。

 

そうやなぁ。
もしかしたら、水原さんは会いに行ったとき、普通じゃないすずさんやったら、最初から好きにならんかったんやろうな。
遠くから見ていたい好きと、一緒に暮らせる好きって違うのかもね。
とか、思ったり。
でも、そういう現実がなぁ。ざわざわする。

 

普通かぁ…。全然、普通クソ喰らえ!みたいに声高に叫ぶ作品じゃないの。むしろ、普通を大事にしないとダメ系の作品のような気もする。
メッセージ性の濃い演出はしてない。だから、いつまでも、心がざわつく。

 

もはや戦後ではない…別の意味で…

もはや戦後ではない、というのは1956年、経済白書の結びとして使われた言葉で、当時の流行語にもなりました。(この言葉使いたいがために今調べたやつ)

1956年は物資も豊かになり、一人当たりのGNPが戦前の水準を上回った年です。

その時代とは全く別の意味で、今、「もはや戦後ではない」と感じたりします。

 

今って、もしかして、戦前なのかなって。膨張した経済は成長への起爆剤を探しているように感じられるし、ポピュリズムも台頭してきてるし。

違うよね?考え過ぎだよね…そんなこと、もう2度と起こるわけないもんね。

でも、この映画には戦前の様子も、ちゃんと描かれています。知ってたけど、大正時代って、西洋のものがいっぱい入って来てたんだ。クリスマスも祝ってたのね…

 

日本人は、自分たちの日常が、あっという間に震災前になることを経験したもんね。そこでまた、のんさんというキャスティングも意味を感じる。

 

もちろん今はコロナのこともある。普通の日常は一瞬にしてコロナ前の生活になった。

 

そんな声高にイデオロギーを叫ぶ映画じゃないので、自分でいろいろ語ってしまうことにも申し訳なさを感じます。

 

見てて、かわいそうとか思う映画じゃないし、むしろすずさん羨ましいって思う瞬間もたくさんある。リンさんとの対比もあるし。


でも、それでこそ、かわいそうな時代のかわいそうな人たちの話じゃなくて、やっと自分たちと地続きの人の話になったのかもしれない。

 

いつもみたいに作り手すごい!とか思う余裕もない映画やったな。
フィクションとしてじゃなく、現実として見ていた気がする。

長々語りましたが、結論こんな私の補足説明とか、しょーもないので、ぜひ作品を御覧ください。


この世界の片隅に